【不動産の法律 第4回】賃料増額・減額請求に関する注意点 | 裁判例を基に要件を解説
専門家コラム

【不動産の法律 第4回】賃料増額・減額請求に関する注意点 | 裁判例を基に要件を解説

 賃料の増額・減額請求に関する注意点

1.はじめに

収益物件の経営を継続していると、収益物件のオーナー様側から賃借人に対して、賃料の増額を請求したいというケースは往々にして出てくるかと思います。反対に、賃借人の側から賃料減額請求がなされるというケースもあります。

今回のコラムでは、賃料増額及び賃料減額に関するこれまでの裁判例の積み重ねを見ながら、注意点などについてご説明いたします。

2.賃料増減請求をするための要件

賃料増減請求のスタート地点となるのは、借家の場合には借地借家法32条です(借地の場合は、同法11条。)。その内容は、次のとおりです。

「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済的事情の変動により、又は近傍同種の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。」、「ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。」。

この借地借家法32条1項から、賃料増減請求における次の2つの要件が導かれます。

① 賃料が諸事情の変化により客観的に不相当になったこと
② 賃料等を増額しない特約が存在しないこと

なお、賃料の増減請求については、訴訟に先立って、裁判所での調停手続を先行して行うものとされています(「調停前置」)。

3.「賃料が諸事情の変化により客観的に不相当になったこと」(要件①)について

(1) 賃料が不相当になる理由は限定されているのか?

上記2でご紹介したように、借地借家法32条1項は、賃料が「不相当」になることの理由として、「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減」、「土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済的事情の変動」、あるいは「近傍同種の借賃に比較して」不相当となったことを挙げています。

しかし、これらの内容は不相当になる理由の例示であり、理由は限定されていません。借地借家法32条1項が挙げている例に当てはまらない場合であっても、賃料が「不相当」になった場合には、要件①が認められる場合があります。

例えば、親子間で低額の賃料で賃貸借がなされている間に、賃貸人の地位の移転があったという場合には、親子間での賃貸借という特殊事情が変更されたことによって賃料が「不相当」になるケースであり、この場合にも要件①は満たされます(東京地裁平成18年3月17日判決)。

(2) 賃料が決まってからある程度の期間の経過が必要なのか?

賃料が決まってからあまり時間が経過していない場合でも、賃料の増額請求や減額請求は認められるのでしょうか。

この点については、最高裁は平成3年11月29日付け判決で次のように判断しています。「賃料の増額請求が認められるには、建物の賃料が(中略)不相当となれば足りる」のであって、「現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過しているか否かは、賃料が不相当となったか否かを判断する一つの事情に過ぎない」。つまり、賃料が諸事情の変化によって不相当になったという事情さえ認められるのであれば、以前の賃料が決まってからの期間の長短は、増減請求が認められるか否かに影響を及ぼさないということです。

ただし、裁判上の和解で賃料額が合意されたのに、その4か月後に賃借人が賃料減額請求訴訟を提起したケースでは、「いかにも時間的に近接している」こと、最初の訴訟を「訴訟上の和解をもって紛争を終了させた趣旨を没却する」ことを理由に、信義則に反し権利濫用であるとして、賃料減額請求を認めなかった裁判例があります(東京地裁平成13年2月26日判決)。

このように、原則としては、賃料が決まってからの期間の長短は、請求ができるか否かを左右しません。ただ、訴訟で賃料額が争点となり、和解したにもかかわらず短期間で再請求をしたような例外的なケースでは、そのことを理由に請求が認められない可能性もあります。

4.「賃料等を増額しない特約が存在しないこと」(要件②)について

(1)「増額しない特約」があると増額請求は一切認められないのか?

この点については、「一定期間借地料を増額請求しないという特約」があっても、「経済的事情が激変した場合はその効力がなくなる」と判断した裁判例があります(横浜地裁昭和39年11月28日)。したがって、賃料等の増額をしない特約があったとしても、増額請求が一切認められないというわけではありません。ただし、「不相当であること」の立証ハードルは高くなりますので、例えば近隣の同種建物との比較でいかに不相当か、といった証拠をしっかりと集めて主張する必要が高いといえます。

(2)「賃料等を減額しない特約」は有効か?

賃料等を減額請求しない特約については、判例は明確に有効性を否定しています(最高裁平成16年6月29日判決等)。

賃貸借契約において、賃借人から減額請求しないとの条項を設けても有効とは認められませんので、オーナー様におかれてはご留意ください。

5.賃料増額の自動改定特約の有効性について

賃料を自動改定して増額する特約については、地代増額の自動改定基準が、経済事情の変動等を示す指標に基づく相当な場合には有効であるが、地代等改定基準を定めるにあたって基礎となっていた事情が失われることにより、自動改定基準が不相当となった場合には、特約の効力は失われるとされています(最高裁平成15年6月12日判決)。

具体的には、「契約更新の場合には、賃料を1割値上げする」旨の特約がある事例(京都地裁昭和60年5月28日判決)、「契約更新の際には、賃料を6%まで値上げする」旨の特約がある事例(東京地裁平成元年1月26日判決)、建物の賃料を3年ごとに15%増額しつつ、保証金は11年目から毎年10分の1ずつ残額に年2%の利息を付して返還される事例(東京高裁平成11年10月6日判決)で特約が有効と判断されており、効力が認められると判断した下級審の裁判例は比較的多いといえます。

他方で、毎年賃料を8%ずつ上げるという特約が締結されていた事例(東京地裁昭和56年7月22日判決)や、全国の賃料の下落傾向が続く状況下で、3年ごとに9%ずつ値上げする特約があった事例(東京地裁平成15年6月26日判決)では、公租公課、不動産価格の高騰や近隣の賃料に比べて不相当かどうかが判断され、結果として効力が否定されているものもあります。

賃料増額の自動改定特約は、賃料改定に関する紛争発生を防止するという面もあります。もし、高額すぎない合理的な範囲内での賃料改定で、賃借人が合意するのであれば、自動改定特約が有効とされる可能性もありますので、検討の余地があると考えられます。

6.賃貸人の管理修繕義務と賃料減額請求の関係について

賃貸人には、賃借人に使用収益させるために適した状態を維持するための管理修繕義務が課されています。

この管理修繕義務の履行が不完全な場合には、賃借人からの賃料減額請求の際に減額が認められる大きな要因となることがあります。例えば、管理修繕義務が尽くされていないことで、店舗の使用上重大な不都合が生じ、他の通常店舗との比較で効用の25%が失われたと認定されたケースでは、月額賃料の25%減額が認められていますし(東京地裁平成9年1月31日判決)、同様に不完全履行の割合を1割程度と認定して賃料の10%減額を認めた例があります(東京地裁平成10年9月30日判決)。

収益物件オーナー様には、管理修繕義務の履行についてぜひご留意いただければと存じます。

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弁護士 今井 智一(いまい ともかず)

今井関口法律事務所 代表弁護士

各種不動産取引は勿論のこと、企業法務分野を中心に幅広い経験を有している。

・東京大学経済学部経営学科卒業、東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻(法科大学院)修了
・東京弁護士会(第63期)
・栗林総合法律事務所及び清水直法律事務所を経て、2018年3月、銀座に今井関口法律事務所を開設
・株式会社エル・エム・ジー(LMG) 社外監査役(2016年~)

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