2023年06月06日(最終更新:2023年06月20日)
日常生活の中で物価の上昇がはっきりと分かるようになってきました。物価が上がれば、「そろそろ金利も上がる」と思う方も増えているようです。今回の原稿では、「この先の金利の見通し」と仮に「金利が上がれば、賃貸経営の収支はどうなるのか」について解説します。
我が国における金融政策は、政府の意向を与しながら日銀が具体策を決めます。中央銀行として「物価の安定を図る」ための様々な策を施しています。
日銀の総裁が植田新総裁に変わり、新執行部となって初めての日銀金融政策決定会合が4月27-28日の2日間開催されました。そこで、「短期金利マイナス0.1%程度、長期金利をゼロ%程度に誘導する現在の大規模金融緩和政策を維持、また長短期金利操作(=イールドカーブコントロール)を継続、さらにはETFやJREITの買い入れの継続、総じて全面的に現行の金融緩和政策の継続」と決定されました。
この決定を受けて、上がるかと思われていた長期国債(10年)金利が落ち着きを見せています。長期国債金利に連動する住宅ローンなどの固定金利も、一時的に上昇のキザシでしたが、再びまたやや低くなりました。
また、毎年四月の金融政策決定会合で発表される「経済・物価情勢の展望リポート」では、物価上昇率の見通しを、「コア消費者物価指数(生鮮食料品を除いたもの)では2023年度は前年比プラス1.8%、2024年度はプラス2.0%」と前回発表から少し引き上げました。
日銀が引き続き目標としている「安定継続的な2%程度のインフレ」に近い見通しとなっています。
日銀が目指す目標には「賃金の上昇を伴う」安定的な2%程度のインフレとありますので、現在まだマイナス圏の実質賃金(名目賃金÷インフレ率)がプラスの圏内に入れば、金融緩和解除を検討することになりそうですが、いまのところは「その段階にない」ということでしょう。
金融緩和政策は全面的な継続となりましたが、その一方で「今後、こうなれば金融緩和政策を解除する」、つまり「こうなれば金利を上げる可能性がある」という条件が見えてきました。
具体的には、①コア消費者物価指数(=CPI)が2%を超えること②実質賃金が上昇することの2点です。つまり、「この先金利が上がるか?」については、この2つの指標をしっかりとウォッチしておけばいいということになります。
それでは、現在の物価上昇の状況はどうなっているのでしょう。
消費者物価指数のうち、「生鮮食料品をのぞいたコア指数が2%を超えているか?」については、4月28日に発表された東京都区部消費者物価指数(コア)はプラス3.5%となっており、すでに超えています。
しかし、コアCPIはこの先上昇率が鈍化することが予想されています。前述のように日銀によれば23年度の見通しは前年比+1.8%です。23年後半は概ね2%前後で維持するものと思われます。
出典:総務省「消費者物価指数」
図のように、全国・東京都区部消費者物価指数とも3%台半ばで推移しています。
実質賃金は、名目賃金÷インフレ率で求められます。名目賃金は、支給される給与で、インフレ率は上記消費者物価指数(コア)で計算するのが一般的です。
現在の実質賃金は、毎月勤労統計調査3月分(5月9日公表:執筆時最新)によれば、前年同月比マイナス2.9%(前月はマイナス2.6%)、これは12カ月連続のマイナスとなっています。また、2022年年間では、前年比でマイナス1.8%となりました(5月22日厚生労働省公表)
しかし、名目賃金は上昇のキザシが見えています。今年の春闘労使交渉では平均3.69%の賃上げ率、そして中小企業にも波及が予想されています。名目賃金は徐々に上昇傾向にあるものと思われます。
インフレ率が日銀の予想通り2%台になれば、2%<3.69%ですので、実質賃金も上昇してくるものと思われます。
ただ、安定的に賃金が上がるかどうかはまだわかりません。23年に入り支給額を上げた企業の中には、「一時金」という形で支給する企業も多いようですので、ベースアップが上がるかどうかは、もう少し様子をみる必要があります。
そのため、インフレ率、名目賃金のゆくえによるところが大きく、実質賃金の前年同月比がプラス圏に入るかどうかは、もう少し様子をみなければ分かりません。
そのため現状の見通しでは、2つともクリアし、金融緩和政策を緩めるタイミングは早くても24年以降になりそうです。
ここまで述べたように、日銀の発表をそのまま受け止めれば、金融緩和政策が解除され、国債金利コントロールの解除、そして政策金利を上げる時は、「消費者物価指数が上がっている」と「実質賃金が上昇している」ということになります。
金利が上昇すれば、支払利息が増えますが、一方で、家賃の上昇可能性があります。
消費者物価指数が上がると、1~2年の時差がありますが、住居費(=家賃と帰属家賃)が上昇します(家賃は消費者物価の構成要素の1つで、約22%のウエイト)。
また、実質賃金が上がれば、住居費にかける総額が増えます。このように、金利分(=利息)の支払い増(費用増)と家賃増(収入増)が起こる可能性が高くなります。
このように考えれば、金利の上昇により(多少の時差がありますが)、賃貸住宅経営の収益が、一気に悪化するということはないと考えていいと思います。
不動産エコノミスト 吉崎 誠二(よしざき せいじ)
社団法人 住宅・不動産総合研究所 理事長
早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。立教大学大学院 博士前期課程修了。(株)船井総合研究所上席コンサルタント、Real Estate ビジネスチーム責任者、基礎研究チーム責任者、(株)ディー・サイン不動産研究所 所長を経て現職。不動産・住宅分野におけるデータ分析、市場予測、企業向けコンサルテーションなどを行うかたわら、全国新聞社、地方新聞社をはじめ主要メディアでの招聘講演は年間30本を超える。
著書: 「データで読み解く賃貸住宅経営の極意」(芙蓉書房出版)、「大激変 2020年の住宅・不動産市場」(朝日新聞出版)、「消費マンションを買う人、資産マンションを選べる人」(青春新書)等10冊。多数の媒体に連載を持つ。